雲田康夫の出身高校や大学はどこ?経歴や年収はどれくらい?

こんにちは、美馬です!

雲田康夫さんは、元森永乳業の営業マンで「アメリカ人が嫌い食べ物ランキング1位」だった豆腐を大人気食品になるまで育て上げた敏腕経営者です。

全米に豆腐を広めた、雲田康夫さんですが一体どういった経歴の持ち主なのでしょうか?

今回は、「雲田康夫の出身高校や大学はどこ?経歴や年収はどれくらい?」と題して記事を書いていきます。

ぜひ、最後までゆっくりお読みくださいね!

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雲田康夫の出身校高校や大学はどこ?

雲田康夫さんの出身高校は北海道の足寄高校です。


雲田康夫さんは高校生時代は北海道で過ごされていたのですね!

足寄高校の卒業生といえば、名曲「旅立ち」「長い夜」で有名なシンガーソングライター松山千春さんや、政治家の鈴木宗男さんがいらっしゃいますね。

そして、高校卒業後は、青山学院大学法学部に進学されています。

青山学院大学法学部は、偏差値62.5~65の名門大学ですね。

また、有名人も数多く輩出しています。

  • ステファニー(歌手)
  • 加藤シゲアキ(アイドル NEWS)
  • 三遊亭圓楽(6代目)(落語家)
  • 田淵裕章 (アナウンサー)
  • 石田久子 (アナウンサー)

アナウンサーや落語家など、かなり知的な方たちが多い印象ですね。

続いて、大学卒業後の経歴についてみていきましょう!

雲田康夫の経歴は?

雲田康夫さんは大学卒業後、森永乳業㈱に入社されます。

雲田さんが入社された時期は、1970年代のはじめスーパーマーケットが台頭し、主婦の買い物のパターンが激変した時代でした。

宅配で価格が守られていた牛乳でしたが、「スーパーの特売品」として破格の値段で売りさばかれるようになり宅配牛乳のシェアが激減し、森永乳業も大きな打撃を受けました。

そこで、牛乳の宅配網を活かすために、豆腐という新たな商品を展開するようになります。

雲田さんは、ここで新製品開発部に配属されて長期保存豆腐の開発に携わることになります。

雲田さんと生涯の付き合いとなる「豆腐」との出会いはこの頃だったのですね(^^)

長期保存豆腐の開発を続けていくなか、1979年に中小企業を保護する法律ができ大企業である森永乳業には豆腐の販売許可がでませんでした…。

そこで、森永乳業は海外に目を向けるようになります。

こちらの写真には「クモちゃんを送る有志」と書かれていますね。

雲田さんが向かったのはなんとアメリカでした!

1985年に、雲田康夫さんは「Morinaga Nutritional Foods Inc.(MNF社)」を設立し、社長に就きました。

アメリカでは豆腐は「嫌いな食べ物ランキング1位」で、とんでもない逆境の中に飛び込んでいったんですね!

当時のアメリカ人には、大豆を食べる習慣はなく豆腐は変なにおいがする不気味な食べ物だったのです。

しかし、雲田さんは宣伝するため、自ら豆腐のパッケージを着てマラソンに出場したり、数々の失敗を重ねながらもたくさんの奇想天外な方法で豆腐の知名度をあげていきました。

このあたりの人生ドラマはテレビ「逆転人生」で語られていましたね。

そして、いまではレディー・ガガやポール・マッカートニーも大好きというぐらい豆腐は大人気健康食品としての地位を得ています!

「豆腐バカ」「ミスター・トーフ(豆腐)」と言われるくらいの情熱をもって、逆境を乗り越えれれたのです。

そして、その功績が認められて、2008年には第3回日本食海外普及功労者表彰事業農林水産大臣賞を受賞しています!

雲田康夫の年収はどれくらい?

雲田康夫さんの年収について調べてみましたが、具体的な数字については公表されていませんでした。

ちなみに、森永乳業の取締役の年収は4,500万円、監査役は2,100万円くらいというデータがありました。

雲田康夫さんは、取締役クラスはもらっているはずですので、4,500万円以上かつご自身の著書「豆腐バカ 世界に挑み続けた20年」もありますので、年収5,000万円くらいはあるのではないでしょうか?

雲田康夫さんのご著書はこちらから購入できます!

まとめ

今回の記事では、雲田康夫さんのの出身高校や大学などの学歴や、森永乳業での経歴や年収について調べてみました!

雲田康夫さんのアメリカでの活躍は、2021年2月22日放送の「逆転人生」【豆腐をアメリカに広めた男】で見事に描かれていましたね。

失敗を恐れずにチャレンジするのがとっても大切であると感じました!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!

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